昔の中国は仁、義、礼、孝などを中心とした儒学の価値観に支えられていましたが、現在の中国人は何よりも利を第一にするため、様々なジレンマの中で苦しくもがいています。昨年末、妻の出産で帰国した時に私もチャイニーズジレンマを経験しました。
中国では赤ちゃんは生まれてから24時間以内にB型肝炎ワクチン1回目の接種を受けることになっています。息子が生まれる2週間前に、同じ湖南省でB型肝炎ワクチンを接種した赤ちゃんが死亡したニュースを聞きました。その時は因果関係はまだ不明でしたが、4日後に2例目、息子が生まれた翌日にまた4例の死亡事故が発生しました。そのような雰囲気の中で息子にワクチン接種を受けさせる勇気はありませんでしたが、接種しないと肝炎に感染するリスクが高いと医師に驚かされました。接種させてもさせなくても予測できないリスクが高いというのは、私がかつて経験したことのないジレンマでした。
事故はその後も相次ぎ発生して、同じ製薬会社が生産したワクチンを接種した赤ちゃんは合計17人も死亡しました。しかし、その後、中央政府が調査に入り、年明けに死亡事故はワクチンと因果関係がないという結果を発表し、同社ワクチンの使用を復活しました。
中国メディアの発表によると、ワクチン市場を寡占している中国の製薬会社はまだ30年前の設備と50年前の技術でワクチンを生産しているそうです。これらの製薬会社の責任者は「どうせ自分の子供が使わないから、自分だけ儲かればいいだろう」と考えているかもしれませんが、このような社会にいる限り、どんな人でも同じように「自分が使わないから」と思ってしまうので、結局誰も社会全体のジレンマから脱出できないことになってしまいました。
最も批判されるのは食の安全の問題です。数年前、赤ちゃん専用の粉ミルクに毒成分が混ぜられて(コストが抑えられるため)、多数の赤ちゃんが重病か死亡した事故もありました。この粉ミルクを生産している人達はどうせ自分に赤ちゃんがいないからと考えているに違いありません。化学工場が有毒な汚染水を勝手に川に排出することで、中国あっちこっちに癌の村が発見されたことも一例です。これらの工場の責任者達は、自分の家族は皆ミネラルウォーターしか使わないからと考えているに違いありません。
しかし、知らないうちに、製薬会社の責任者達は自分の赤ちゃんに毒粉ミルクを飲ませるかもしれません。毒粉ミルクの生産者は汚染水を飲んでいるかもしれません。化学工場責任者達の赤ちゃんは、接種しなければ感染、接種したら死亡というようなワクチンの予防接種を受けたかもしれません。
前まではこの論調はまだ理論派に聞こえたかもしれませんが、PM2.5 に代表される酷い空気汚染が全国まで広がってから、この全社会的なジレンマは既に現実になりました。ワクチン、粉ミルク、水などは富裕層なら輸入品を使う選択肢がありますが、中国にいる限り、国産の空気しか呼吸できないです。
経済学では自分の私的利益を第一にする個人を合理的だと考えますが、個々の合理性を社会システムに組み合わせた結果、サミュエルソンが指摘した合成の誤謬となってしまいました。 |