わたしの故郷は、新疆ウイグル自治区カシュガル地区ファイザバード県です。ファイザバード県は世界で二番目の面積を持つタクラマカン砂漠と接しています。わたしは、2002年に新疆芸術学院に入学し、2006年に卒業しました。卒業後、就職していましたが、子どものころに憧れた日本に行きたいという希望を叶えるために、留学を決意しました。
わたしは4年前の2012年3月に来日し、現在4年以上経過しています。日本に来る前には、日本は着物や相撲、アニメ、地震、電化製品などで有名な国という印象を持っていました。その後、日本に住み始めて私は日本のほとんど全てのものに感心しています。
日本の宗教と異なる宗教のわたしは、日本に来たばかりのころ、飲食に関して非常に大変でした。これは、わたしがイスラム教徒で、日本の食品の中に多くの動物由来(豚)の原材料が含まれていて、食べられなかったためです。こういうことは、日本での生活を始めたばかりのイスラムの方々は、みんな苦労したのではないかと思います。
わたしの研究テーマは仏教に関する研究であり、日本の主な宗教も仏教です。わたしは、来日したばかりのころ、伝統的な文化、文化財、寺院などを大切にして保存している日本の文化的態度に驚きました。これを感じたのは京都の清水寺、金閣寺、奈良の東大寺などを訪れた時です。特に、東大寺で仏教の大仏を見たときは、遙か昔の日本とイスラム教以前のウイグルがつながっているような気がしました。昔の奈良はシルクロードの東の終着点であり、東大寺の正倉院では、そのころの仏教美術品がたくさん保存されています。その中にはウイグルの仏教美術品(キジル石窟洞、ベゼクリク千仏洞)に良く似たものもあり、日本の仏教との間につながりを見ることができます。
日本の仏教で、わたしをびっくりさせたことは、仏教のお坊さんたちの生活は、他の国のお坊さんたちと違い、肉を食べ、お酒も飲み、結婚をして家庭を持つことができるということです。これは、日本の仏教の独特な教義だと感じました。日本では鎌倉時代に仏教の宗派が様々に分かれ、日本の民族的特徴に合った仏教へと変わっていったようです。
多くの宗教には、宗教的なタブーがあります。イスラムにおいても様々なタブーがありますが、わたしの研究内容と関連するものとしては偶像崇拝を挙げることができます。
仏教の歴史の初期において、ウイグル自治区は仏教のとても盛んなところでしたが、イスラム教のウイグル自治区での普及にしたがって、仏教文化が衰退しました。わたしは、ムスリムですが、ウイグル族の仏教文化に非常に興味を持ち、仏教美術を研究として選びました。わたしが仏教美術を学ぼうとしたとき周りの人たちに偶像崇拝なのではないかと言われました。けれど、わたしは、仏教壁画に魅了されていたので、周囲の声に左右されることなく、最初の決意を貫いて仏教美術を学びました。
わたしは、この留学を自分の人生のチャンスだと考えています。日本人は、ウイグル自治区に関してあまり知りませんし、宗教において、自分たちと中央アジアの仏教文化のつながりを普段意識していません。わたしは、自分の研究を通してウイグル族の文化を日本人に知ってもらえたとしたら、わたしの留学での経験を活かすことができたのではないかと考えています。 |