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奨学生エッセイ
2020年度
 
奨学生エッセイ
 
 
 
移動する自由、移動しない自由
中国出身/ 2013年10月来日
京都大学大学院 農学研究科 博士2年在学中
趣味:山登り、ドキュメンタリー鑑賞、スイーツ作り
将来の夢:自給自足な生活を送る
研究テーマ:中国における持続可能な農業に携わる小農の主体性の形成
 
 

新型コロナウイルスの感染が起きてから、すでに半年以上が経った。家族とともに旧正月を迎えるために、1月の中旬から中国にある実家に帰った。その後、コロナ感染の収まりに応じて、地方の行政から外出自粛に関する規制が緩められてきた。しかし、今までのように「自由」に移動することができないので、長い帰省を経験できた。新型コロナと長期的に共存する覚悟をしろと、公共衛生の専門家がニュースで注意を呼びかけている。ニュースの画面で感染者の数が日々増えているのを眺めることさえ慣れてきた今は、マスクを外せず、消毒液を常備することも外出する際のルーチンになっている。新しい習慣をつけてきたとはいえ、日常生活も少しずつ取り戻してきている気がする。だが、車で一時間以上のところへ行かず、遠距離な移動がゼロであった半年間を振り返ってみると、新型コロナがまさに拡大鏡のように、今まで気づいていなかった社会的格差の細部をはっきり暴き出している。

実家は中国広東省北部の田舎にあり、日本と同じように、農山村の高齢化と過疎化がかなり進んでいる。今年は、若者の姿がよく見かけられるようになった。小学校から大学までの授業は一斉にオンライン開催に変わったので、スマホかパソコン一台で、家にいながら授業を受けられる。私もウェブゼミナールというものに完全に慣れてきて、インターネットのおかげで、地理的距離を問わずつながりを改めて実感した。そして、様々な分野の学会もオンライン開催となり、世界中の人々と集まってお互いの研究情報をアップデートすることもできた。そのようなオンライン学会以外にも加えて、図書館のデータベースといったオンライン資源への無料アクセスも続々とオープンされた。こうして、インターネットをはじめとした情報技術の進歩によって、移動せずに勉強・研究を続けられることがとてもありがたく感じている。

一方、移動せずに日常生活・仕事を続けることが一部の人に限られている。ある意味では、移動することにおいて選択肢をもつことは特権といっても過言ではないだろう。中国では、農村の人々にとって、都市に出稼ぎに行くのが一般的である。しかし、感染拡大を防ぐために、交通が封鎖されたり、多くの工場がほぼ作業停止の状態なので、貿易関係の仕事のチャンスがなくなった。今の時期において、たとえ町がロックダウンされても、町が止まったわけではない。医療関係者は言うまでもないが、公共施設の運営の維持にあたって、人と接しながら働くことを避けられない業種がたくさんある。都市部では、通勤による感染を防ぐために、テレワークを導入した会社が少なくない。テレワークをやむを得ない選択肢として見なされてきた企業にとって、これは今までの働き方に対する反省と改革を呼びかけるきっかけにもなりうる。

そして、働く人々にとって、移動する・しない自由を持たせることは技術的な課題に止まっていない。大雑把な分け方にすれば、体力労働と知的労働というカテゴリーの中で、体力労働は必ず物理的な移動が伴ってくる。また、近代社会において従業者数が最も早く増加しているサービス業では、感情労働の存在を見逃してはいけない。技術の進歩につれ、だれの仕事は最初にロボットに奪われるのかという議論がよく見かけられる。しかし、経済が持続的に成長するには、人々の移動に伴う消費・生産活動だけではない。移動が欠かせない仕事に携わっている人々に対して、社会全体の福祉厚生をいかに取り組んでいくのか、社会がともに考え出さなければならない。

 
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