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日本語との出会いと今の私
ブラジル出身/2016年9月来日
北海道大学大学院 公共政策教育部 修士2年在学中
趣味:読書、写真撮影、バレーボール、音楽鑑賞
将来の夢:文筆家、政治研究者とマーケティングを同時にすること
研究テーマ:日韓政治行動における世代別の格差とメディアの影響
 
 

私は、ブラジル南東部のミナス・ジェライス州にあるモンテス・クラロスという街の出身です。私の故郷は人口40万人強の都市で、サービス業が主な産業部門です。周辺には農業が盛んな小さな市町村があるため、そこから食料を調達しています。一方で、周辺地域の住民は、教育や仕事の機会を求めてモンテス・クラロスに集まってきます。

ヨーロッパの首都と比べると、ロンドンやパリほどではありませんが、ヘルシンキやストックホルムより人口が多いので、豊かな都市であると思われるかもしれませんが、ブラジル国内で言えば、中堅の地方中核都市です。しかし、国内ではあまり有名ではありません。

この街には、かつては大きな日本人コミュニティは存在していませんでしたが、第二次世界大戦後、モンテス・クラロス市に移住した家族が数組いたため、現在も日系ブラジル人文化協会があり日本文化を学ぶことができます。


中心街から見た故郷の景色

1990年代生まれの私の世代は幼い頃からテレビなどで日本のアニメを見ながら、日常的に日本文化にある程度触れていました。私も子どもの頃から世界の色々な文化に対して興味を抱き、特に日本のポップカルチャーに強い影響を受け、14歳の頃から日本語を勉強しています。

ブラジルでは、1990年前半からアニメなどの日本文化に影響を受けてきました。しかし、日本語を学ぼうとする人がごく少数であり、今でも不思議に思います。近くに言語学校がない事や平仮名、片仮名と漢字を同時に学ぶことが難しいと思われていたからだと考えます。

私が最初、日本語を勉強することに決めた理由は、アニメは勿論、漫画も読むようになり、好きな漫画シリーズを一早く手に入れるためでした。海外の人が日本語を学ぼうとするきっかけとしてよくある話です。このように、小さい頃に日本のポップカルチャーに純粋な興味を抱いたことが、後々日本に住むという大きな人生の転換に繋がりました。

その時から、地元の日本人からマンツーマン授業を受け、言語に限らず日本文化から日常生活に至る様々なことを学びました。授業中に「漢字を好きになると、日本語に他に難しいことなんてない」という言葉が強く印象に残り、この言葉をきっかけに漢字を必死に勉強し続け自信に繋げることができました。先生には感謝してもしきれません。

高校生の頃、日本語能力試験を受けようと思い2010年の終わりにN4レベルを受け、失敗しました。この経験から日本語だけではなく、そのほかの勉強にも活かすことができる合理的な勉強方法を見出しました。その結果、10年後の2020年、ついに最高レベルのN1に合格できました。

「さらに日本語を勉強したい」、「流暢に話せるようになりたい」という強い思いがあり、2013年と2015年に2回短期留学生として東京を訪れ、様々な場所へ足を運びました。この経験においても、大きく人生が変わりました。

2015年の冬休みに初めて札幌に来ました。東京へ帰るJR特急の中で、車内雑誌に「サッポロクラシック」の宣伝がありました。そのキャッチコピーには「ふるさとのために何ができるだろう」と書いてありました。札幌に引っ越して6年間が経ち、札幌はすでに第二の故郷ですが、それでもなお当時の宣伝の言葉は心に残り続けています。その時からキャッチコピーに興味を持ち、印象的な言葉遊びができる程まで日本語を上達させようと努力し続けています。

このように、日本語との出会いを経て様々な文化に触れた結果、日本に拠点を移し、日本国内政治などの研究をするまでに至りました。この日本での留学経験は自分自身を大きく成長させてくれ、私が出会った人たちと素晴らしい機会に恵まれたことに感謝してもしきれません。これからも、コピーライター、研究者や文筆家などとして日本語とその他の言語の面白さと言葉遊びを使いこなしながら、様々な方法で人の感性に働きかけ、人・モノ・コトとの新しい出会いの創出に努力したいです。


2015年の冬休み中の京都旅行

 
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