本年の3月に学士課程を卒業した。その中で、「大人になる」という感じで、さまざまなことをもう一度考え直した。「大人になる」というのは、研究者として将来どうしたいか、どこに住んで研究したいか、5 年後や10 年後にどのような自分になりたいか、などについてである。例えば、日本に残り、日本に住みたいのか、海外に行って海外に住みたいのかということが考えられる。これは、自分の目標を決めて集中するためでもあるし、一般的に自分が本当に何をしたいのかを見つけるためでもある。ワクワクするのもある。 なぜ卒業後にこれほど深く考えるようになったかというと、私を取り巻く環境が大きく変化したからだと感じている。友人たちも卒業後に北海道から離れ、次のチャプターを始めた。私も次のチャプターに進むにあたり、これからどうすべきか、何をしたいのかということが考えられる。現在の状況が自分に合っていないのではないか、と感じる部分もあったため、徹底的な自己再考が必要だとわかった。
現在は北海道大学の大学院に在籍しており、公共政策大学院の国際公共政策コースに入学した。この過程は、多くのことを試したり間違えたりした。これからもきっとあるだろうと思われる。私の研究は、学士課程で研究していた日本学から、モンゴルとロシアを中心とするユーラシア研究に変わった。研究の一部として自分のモンゴルの背景に注目し始めて、政治や歴史の研究への興味も入れているので、面白い変化である。
将来の夢として、大学の教授になることを目指している。これに関連して、研究論文を教室で使えるように、皆と共有したいと思っている。研究は私にとっては大事なことである。研究があることで私たちは勉強できるし、勉強を深めることができると思う。研究論文はニュートラル的に書かないといけないため、個人の意見ではなく、研究した情報を知ることができる。それによって自分の意見が作られると思う。そのため、研究は大事である。
現在、焦点を当てているのは、20 世紀の前期から1980 年頃まで続いた『大粛清』という歴史的出来事であ
る。どれだけの人が大変なことになったのかを知り、非常に悲しい気持ちになる。特に人口が100 万人以下であったモンゴルの中でこのようなことが起きていたのは悲しい。もし、このような恐ろしい出来事がなかったとしたら、現在
の状況は大きく異なっていたのではないか、あるいはモンゴルは今よりもはるかに良い状況にあったのではないかと考
えてしまう。最も恐ろしいのは、政府が情報を国民から隠していたので、ほとんどの人はこのことを知らず、一般人に
1990 年頃まで詳細が不明であったという点である。この歴史的情報は知っておくべきだが、私にとっては今より深く
研究することが非常に大切になった。
「大人になる」という成長のサイクルはこれからも続くだろう。私の研究は、将来の夢とモンゴルの背景という二つの重要なことに結びついており、ワクワクする。この経験は、将来何をしたいか、はっきりさせてくれる。大変なこともあるが、私にとってこれは面白く、経験することが大切だと理解できた。5 年後、10 年後は目標を遂げられるのは間違いないと思う。もし、それが叶わなかったとしても、目標が明確であること、そして現在の私が得た理解や学びは、将来のどんな状況においても必ず役立つと信じている。このエッセイを10 年後に読み返し、その時に目標を達成できていたとしたら、今の自分を愛おしく感じることもあるかもしれない。その日が来るのが、今から待ち遠しい。
 卒業式
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