留学で得たことを一つ挙げよと言われたら、私は「自分の人生の公式」と答える。それが、私の6年間かけて辿り着いた唯一の答えだからだ。
日本に来たばかりの私は、ただ「日本への留学」だけがすべてでした。留学さえできれば、世界が開けると信じていた。けれど、いざその場に立ってみると、留学という目標を果たしたその先に、自分が何をしたいのかがわからなくなっていた。目の前の目的を達成したあとに訪れた空白に、私は迷子になっていた。
コロナ禍の遠隔授業で、自分と向き合う時間が増えた。その中で、ふと思い出したのが、モンゴルの有名な詩人の
一節だった。
「幸せとは何か?勉強することと目標に達すること。それだけ」
当時の私にとって、たった一つの答えは「とにかく一生懸命勉強すること」だった。「せっかく日本に来たのだから、一生懸命やるしかない。」そう自分に言い聞かせ、私は講義動画を3度見返し、必死にノートをとり、成績1 位をとった。その日々の中で、私の「努力」によって得られる充実感を知った。けれども、心の奥に空白が埋まらなかった。
そんな時、私はモンゴルの歴史と文化に改めて出会いました。偉大な詩人や、国を背負ってきた人々の哲学に触れ、「私にも受け継がれているものがある」と気づいた。「なぜ私は日本社会に馴染めないのだろう?」と言う疑問に
「モンゴル人であることは、誇りなのだ」という確信が返ってきた。それは、私の祖先たちが積み重ねてきた知恵から生まれた「心の安心感」だった。けれども、私の中には将来に対する不安が残っていた。
大学3年、私はスタートアッププログラムに参加してみた。一人の留学生だった私は、日本人の同級生たちのアイデアに強い刺激を受けた。火星探査ロボットや火星居住者向けのMRI開発など、世界の科学を前進させるような夢を語っていた。そして彼らは、何か一つを極め、深く愛していた。その姿に心から尊敬を覚えた。
そして私は「モンゴルで半導体工場を作りたい」と考え、モンゴル人と連絡を取ってみた。しかし、返ってきた言葉はこうだった。
「モンゴルは毎日停電だよ?チップ工場なんて無理に決まってる。」
悔しかった。火星の未来を夢見て語る彼らと、停電に悩む私の世界は、あまりにも違っていた。その時に、私は自
分に問いかけた「自分は、夢を持っていいのだろうか?」と。けれど、その問いが私の決意を生んだ。私は、夢を追うことが特別ではなく、当たり前である社会をモンゴルに作りたい。
モンゴルには、海外で学んで帰国し、IT 企業を興したいという若者が多い。けれど、電気がなければ会社は動かな
い。エネルギーがなければ、技術は進まない。私と同じような迷いや苦しみを、次の世代に味わわせたくない。だから
私は、後輩たちが安心して夢を描けるよう、その土台を作ると決めた。
この6年間を経て、私はようやく、「自分の人生の構造式」を見つけた。
人生 = 努力で得られる毎日の充実感
× 祖先に守られる心の安心
× 明日を築く長期目標
これは、日本での6 年間、何度も迷い、失い、また立ち上がってきたからこそ、たどり着けた私だけの公式である。
もちろん、公式ができたからといって、人生が簡単になるわけではない。朝から晩まで疲労、人間関係に悩み、届かない目標。「やっぱり自分には無理なんじゃないか」そう思う夜もあった。でも、そんなとき私は、自分にこう言う。
「ナムカ、あなたには、やるべきことがある。」
 大学の卒業写真
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