「ご出身はどこですか?」来日してまもなく日本語学校で学んだ挨拶の常套だが、一つの答えに収めて説明しきれる人はどれほど過ごしやすいか、常に思ったりする。
2019年、社会運動の渦中に香港を離れた私は、「中国です」とも「香港です」とも答えにくかった。広東省で生まれ、思春期以降を香港で過ごした私は、どの答えにも自信を持てなかった。当時、香港は世界の注目を集め、「香港の食文化は?」「生活は?」と問われるたび、自然と説明した。しかし、中国人留学生の前では、その開示を避けた。衝突を避けるため、日本人には「香港です」、中国人には「中国です」と答える。多様性を掲げる時代、複数のアイデンティティを演じることは、私にとって日常だった。
数年前、大阪府の公立高校で「継承語」の教師として、短い間に広東語を教えた経験がある。学生は二人の10代後半の女性だった。僕が来る前に、二人は普通話検定を勧められていた。他のクラスメイトは「普通話(標準中国語)」が母語または第一言語として学び、二人は授業の内容を聞いてもあまり理解していなかったようだ。二人は英語でフィリピンやインドネシアからのクラスメイトと仲良くなって、お互いも英語を上達してはいないが、通じ合っていたらしい。このように「祖国」の文化以外で知り合って仲良くなったこともある。
他方では、「中国語のネイティブではないですよね」と聞かれたこともある。僕は小学5年生までに中国にいたため、ある程度「普通話」を喋ることができて、日常的に簡体字と繁体字の両方も使えるが、僕が経験した中国は1990年代から2000 年代初頭の中国であり、その後の中国、特にインターネット大国として発展してきた中国に詳しくない。「ネイティブ」が何を指すのかがわからず、その場では問い詰められていた。意思疎通ができても、話の「ノリ」から、発音のアクセントまで、機が熟せば他人からのまなざしの判断材料となるだろう。
人文学の研究はある程度自分の心の底からわからないものを反映する。こうした経験を経て、私は「文化的アイデンティティとは何か」「人はなぜ複数の文脈を生きながら自己を語るのか」という問いを持つようになった。この問いは、現在取り組んでいる研究テーマ―華語圏のインターネットミームと、それを通じた相互模倣の文化実践―に直結している。インターネットは国境を越えて人々をつなぐ一方で、そこに流通するユーモアや言語にはローカルな文脈が潜んでいる。私は、この現象を手がかりに、グローバル化の時代における「ローカリティ」や「文化の境界」がどのように再構築されているのかを解明したいと考えている。
このような細かく言語の政治とつながる研究テーマは、香港と中国から離れないと、いつまでも祖国からの重力、そしてそこからずれたい遠心力の引っ張り合いを受け、結局どこにつくという立場の争いになる。日本で研究することで、日常に隣り合う緊張関係から脱却し、それを細かく観察することができた。本奨学金の支援を得ることで、将来的には、アジアと世界をつなぐ知の架け橋となり、文化をめぐる対立や誤解を和らげるための実践的知見を提供したいと考えている。
私にとって「祖国」は一つの場所ではなく、複数の文脈の中で揺れ動く存在である。その揺らぎを見つめ、言語や文化の間に潜む創造的な可能性を紡ぎ出すこと??それが、私がこれからも探究し続けたい道である。
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