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私はラッキー
メキシコ出身/2018年10月来日
上智大学大学院 地球環境学研究科 修士卒業
趣味:ゲーム、ジム、読書
将来の夢:メキシコの大学の教授になりたい。
現在の職業:洋上風力を推進する非営利団体の職員
 
 

私は最初に日本で仕事を探し始めたのは2018年、24歳でした。最初の頃は面接に行くのがとても緊張しました。日本でどんな仕事をしたいのか自分でもよく分かっていませんでした。ただ、「とにかく就労ビザが欲しい。キャリアはあとで考えればいい」と思っていました。複数の会社に同時に応募して、就職活動を始めました。でも、私は面接が苦手です。自分をよく見せて「すごい人だ」と思ってもらおうとするのが、どうも好きになれません。私は元々シャイで、日本語に自信がありませんでした。

ある日、一本の電話がかかってきました。

「洋上風力って知ってますか?」
「いいえ、知りません。」
「とりあえず面接に来てください。」

そうして面接に行き、採用されました。正直、再生可能エネルギーについての知識はほとんどなく、風力発電も、洋上風力なんて聞いたこともありませんでした。でも、すぐに働き始められること、そして面接が苦手な私は、もうここでビザが取れるならラッキーだと思ってその仕事を受けました。

その仕事は、あるヨーロッパのモノパイル(洋上風力発電の基礎構造)メーカーの日本事務所のスタッフとして、日本市場への参入についての仕事でした。私は日本語がそこそこでしたが、日本の大企業や官公庁などとの会議に同席するようになりました。その時は自分が何をしているのか正直よく分かっていませんでした。ゼロから学ぶことばかりで、母語でも説明できない単語がたくさん出てきました。最終的にそのプロジェクトは成功しませんでした。

2020年、ちょうどコロナの真っ只中でした。その頃には日本で洋上風力の注目度が高まり、経験のある人材は不足していました。外国人の入国が制限される中、少しでも経験がある人材が貴重だったのです。私は転職活動を始め、すぐにオファーをもらいました。ラッキー!転職先はドイツの事業者でした。4年間そこで働きました。その会社では、修士課程での勉強や、学業との両立のためのアルバイトも許してくれて、とても柔軟な職場でした。

卒業が近づいた頃、自分のキャリアについて少し不安を感じていました。当時の会社ではもうあまり成長の余地がないかもしれないと思い、上司と将来の話をしましたが、納得できる答えは得られませんでした。日本語への不安も続いていて、「日本でどこまでやっていけるのか?」「もしかしてメキシコに帰る時かもしれない」と悩んでいました。

そんな時、LinkedInからの求人情報メールが届きました。イギリスの非営利団体で、日本の洋上風力の推進を目的とした団体でした。この団体は、業界、市民社会、行政、漁業関係者などの間の架け橋となり、無償で専門的な支援を提供して、洋上風力を加速させようという活動をしています。本当に面白い仕事だと思って「ダメ元で応募してみよう」と思いました。積極的に転職を考えていたわけではありませんでしたが。

しばらくして、面接の連絡が来ました。最初はとても緊張しました。「日本語のレベルが高く求められる仕事だし、どうせ採用されないだろう」と思っていました。日本人向けのポジションだと感じました。それでも、「やるしかない」と思い、面接を受けました。冗談のようですが、面接が苦手な私が、なんと6回も面接を受けることになりました。毎回、「もうダメだろう」と思いましたが、最後には採用されました。ラッキー!

今の仕事は日本語の難しさもあり、大変な部分も多いですが、とてもやりがいを感じています。政府との会議に参加したり、風力発電の国際会議に出席したり、大規模なイベントの企画をしたりしている自分を見て、「本当に現実なのか?」と感じることが多いです。もともと再生可能エネルギーにも、洋上風力にも、非営利団体の世界にも興味があったわけではありません。でも、日本に来て約7年。気づけばこの道にたどり着いていました。やっぱり私はラッキーだと思います。

 
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