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日本での豊かな留学経験について
ドイツ出身/ 初来日は2004年9月、今回は2008年10月来日
早稲田大学 文学部文学科日本語日本文学コース 4年在学中
趣味:外国語学習、漢字学習、サッカー、旅行
将来の夢:国際貿易、国際交流や国際コミュニケーション等の発達に貢献すること
 
 

ある日一人の日本人の友人と話をしていると、漢字が話題にあがりました。「『曖昧』とか、漢字で書けないよね」と友人が言いました。その理由を訊いてみると、「画数が多い字は覚えられない」という答えが返ってきました。私は驚き、また書けない筈がないとも思い、友人に書いてもらってみました。が、友人は実際に書けず、ただ単に「それらしい」形の字を書いては消す落書きを暫く繰り返しました。そしてしまいには「日+垂」という字に辿り着きました。それが最も「それっぽい字」である、とのことでした。すると私は、「挽回」の「挽」・「飛沫(ヒマツ)」の「沫」や「嫉妬」の「嫉」も書いてもらってみましたが、「扌+回」・「泡」と「女+艮」のような字が返ってきました。それを見て私は更に驚きました。友人は明らかに字の意味を意識してそれぞれの部首「日」・「扌」・「氵」・「女」を正しく答えたのに対し、字音は全く無視してしまったようなためでした。尋ねてみた字はいずれも、意味を表す部首と音を表す部分(音符)からなっている形声文字という物ですが、友人はそれを理解していなかったようです。無論、字音が「バン」・「マツ」・「シツ」であれば、「扌+回」・「泡」・「女+艮」のような、どう考えてもそう読まれない字を書いても正解にあたることはありません。この経験をして私は初めて、「日本人は漢字をどう認識しているのであろうか」という疑問が湧いてきました。

私は漢字を新しく学ぶ際、必ずその構造を分析する習慣があります。言うまでもなく、ゼロから覚えなければならない字は非常に少なく、別の字を部品として「リサイクル」した物がほとんどです。勿論、漢字の代表として象形文字が有名ですし、そして二字の意味を組み合わせて新しい意味を作り出す会意文字もあるため、表意文字としての漢字が強い存在感を持つことは当然でしょう。しかし、漢字はそれだけではありません。象形の本質を有する物は、俯瞰的に見ると数が驚くほど少ないです。実際には、漢字の九割以上がいわゆる形声文字に属すと言われています。形声文字となると字音、そして音符を意識して学ぶことが肝腎です。要は、表意文字であるとともに(少なくとも漢語においては)表音文字でもある、ということです。しかしながら、多くの日本人は漢字から専ら意味を求めようとするようです。初めに紹介した友人の話は一度に限った現象ではありません。他の友達や知り合いにもどうやら、「画数が多い」や「手では普段書かない」などを理由に、ある漢字を書けない字と決めつけようとする傾向があるようです。

しかし、それはおかしな話ではないでしょうか。たとえば初めに挙げた「曖」という字は、画数が少なくなくても「日」と「愛」からできているため、常用漢字を知っている人なら書けない筈がありません。なお余談ではあるが、友達の中には、「檸檬(レモン)」を(読めながらも)書けないと言う人がいますが、確認してみると「寧」も「蒙」も単独では書けた、という面白いエピソードもあります。このような経験を見ると、ある読める漢字が書けないのはその字をよく見ていないからである、と言うしかないでしょう。漢字の字音と構造よりも意味と全体的な形が注目されるようです。

日本語は非常に論理的な、よく整理されている文字体系に恵まれており、またそれは日本語の大きな魅力の一つでもあると思います。しかし、折角効率のよい文字体系があるのにそれを「何となく使う」人が少なくないようです。漢字は機械のような物です。エンジンがなければ車の車体は箱に過ぎません。漢字の構造と働き方、そして特にその表音機能に気づかない人がいるのはやや勿体ない感じがします。漢字全体の形や意味よりもその部品をよく意識すれば、「読めるけど書けない」漢字の問題も解決できるのではないかと思います。

 
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