1.問題意識
2001年9月11日午前8時50分(アメリカ東部時間)、アメリカのボストン市を出発したアメリカンエアライン航空機がハイジャックされ、ニューヨーク市の世界貿易センタービル(WTC)に衝突した。その18分後、ボストンを離陸したユナイテッドエアライン航空機が続いて激突した。そして再びアメリカンエアライン航空機がワシントンDC郊外の国防総省の建物に墜落した。事故があった建物はあっという間に火炎と煙に包まれ、そこから逃げれてきた人々は救助を要請した。この一連の事件は、テレビ画面を通して瞬時に世界各国で報道され、全世界を恐怖に陥れた。これが全世界の人々を驚かした9・11同時多発テロ事件(以下、9・11テロ事件)である。突入後約2時間のうちに世界貿易センタービルが倒壊し、数千人の命が失われたこの事件は、2001年の最も衝撃的な国際ニュースであるのは間違いないだろう。
事件当日は、航空機の衝突の様子と被害状況、救助現場など事件の現状を中心に報道が行われた。またアメリカ政府はこの事件の原因として飛行機の機械の異常による事故ではなく、自爆テロリストによってハイジャックされた、アメリカに対するテロ行為であると公表した。そして自爆テロリストはイスラーム原理主義者であり、テロを指示した者は過去、数回アメリカに対してテロを行なったオサマ・ビン・ラディンである、と発表した。これに続いてアメリカのブッシュ大統領は、会見で「テロとの戦争」を宣言した。その後の報道は、ある一定の姿勢に貫かれた。ニューヨークの世界貿易センタービル崩壊とその救助報道とともに、「イスラームの過激派集団」、「新たな戦争」、「キリスト教対イスラーム」、「文明の衝突」、「アメリカ人vs.ムスリム(イスラーム教徒)の衝突の場」など、事件直後からイスラームが重要なトピックとして登場した。このように、9・11テロ事件後の報道ではイスラームという言葉がひとつのメインキーワードとなった。
ところで、多くのイスラームに関する報道がなされる一方、その多くは一般のムスリムについてではなく、同じイスラームの考えを信じる者の中でもごく一部の極端に過激な集団に焦点が当てられ、それがあたかもムスリム全体を代表する集団であるかのように伝えられた。イスラームという宗教、そしてイスラームを信じるムスリムに対し、我々がいかに関心を払わなかったかがこの9・11テロ事件で明らかになったという側面もある。
韓国と日本は国内においてムスリムとの日常的な接触はほとんどない非イスラーム国である。そのため、イスラームに関する報道はその大部分が新聞やテレビ、雑誌などといったマス・メディアに依存している。
本研究は、非イスラーム国である韓国と日本のテレビニュースにおいてイスラームに関する報道が正当なジャーナリズムに基づいて報道されてきたのか、そしてもしそれらの情報が偏っていたとしたら、その原因は何か、という問題意識から出発する。
2.研究方法
本研究では韓国の公共放送であるKBSと日本の公共放送であるNHKのイブニングメインニュースを分析対象として取り上げる。両国の公共放送のニュースを選んだ理由は民間放送より客観的かつ公正で、中立を目指しており、ジャーナリズムが最も重要とするスタンスを堅持しているからである。またイブニングメインニュースは一日の出来事をその日の最後にまとめる役割をもち、世論に対する大きな影響力があり、放送局の特徴が鮮明に表れると考えられる。この二つの点から、韓国のKBSの「9時のニュース」と日本のNHKの「ニュース10」を分析対象とした。
分析期間は9・11テロ事件が起きた翌日2001年9月12日からアフガニスタン攻撃以後の同年10月18日までとし、対象は国際報道に限定した。
3.結果
本研究では9・11テロ事件以後のイスラームに関する報道を、非イスラームの国である韓国と日本のテレビメディアがどのように伝えたのかを比較し、どのような問題があるのかを実際の報道の記事と映像を取り上げ検証した。この過程を通じてテレビは人々に異なる文化や社会、歴史をもつイスラーム社会の何を伝えようとしたのか、または韓国と日本の公共放送であるKBSとNHKは、人々にイスラーム社会を一つの知識として掴める十分な情報を与えられたのか、それらを情報として手に入れた人々にイスラームの世界に対して中立的、客観的な見方をもつことができたのかを検討した。
その結果、第一にイスラーム社会を報道するためには取材による裏づけがなければならないのに、韓国のKBSと日本のNHKには、それについての詳細な解説や背景の説明が少なかったことが分かった。
第二に、テレビによる報道の特徴である映像に関して、韓国のKBSと日本のNHKの取り扱いの限界が見えてきた。全体的に、NHKの場合はワシントンやニューヨーク、パキスタンなどからの中継や解説出演者を中心に報道しようとしたため、KBSほど多くの外信の映像には依存していなかった。KBSの場合も現地の特派員や記者による報道はあったが、その数は少なく、大半がアメリカや西欧のメディアによる映像であった。
このように、9・11テロ事件以後の韓国のKBSと日本のNHKの報道に関して、先ほど述べたような二つの点を指摘することができるが、その原因と思われる要因は次のようである。
まず、ジャーナリストたちの専門性や知識など資質の不足を挙げることができるのではないだろうか。KBSの国際ニュースを担当する国際部の実態をみると、通常国際ニュースはAP、AFP、UPIなど外国の通信社から受け取っている。この外信から毎日世界の各国のニュースを数十件ずつ受け取り、その中で放送する記事を選んでいる。またCNN、BBC、ワシントンポスト、ニューヨークタイム誌など有力な新聞、放送、雑誌のサイトから情報を得ることもある。このような環境の中では、ジャーナリストたちはある事件に関して専門性と知識が含まれた記事を正確に、また客観的に読み取ることができるとは言えない。
次に、国際ニュースの場合、報道を担当するジャーナリストたちと報道機関だけが要因になるのではなく、社会的、経済的、政治的、外交的な原因によって報道の内容と流れに影響が与えられることがあるだろう。韓国とアメリカ、日本とアメリカの外交関係を考慮すると、アメリカ中心の報道になってしまい、偏向的に報じられたことが予測できるのである。歴史観点から見たアメリカと韓国の関係は経済、政治、国防など国家の全ての側面においてアメリカとつながっている。日本も9・11テロ事件をきっかけとしてアメリカとの外交関係がさらに深まったと思われる。小泉首相がブッシュ大統領に直接電話し協力を伝える様子や、ブッシュと握手し同盟国、友好国であることを表明する場面を続けて報道する一方、攻撃やテロ、デモ、宗教の厳しさなどのみで報じられたイスラーム世界の報道は相当に対立的な構図であり、バランスの取れた報道であったかどうか疑う余地があるだろう。
グローバル時代の今日、むしろ懸念されるのは、情報の不均衡、情報の格差の問題である。世界には知られる国と知られざる国、知りたい国と知ろうともされない国とのギャップが厳然として存在する。とくに9・11テロ事件以後、アメリカのメディア・ジャーナリズムは、グローバルズムに代わってアメリカニズムを標榜しているかに見える。各国のメディアが国際政治の延長でしかないのなら、メディア・ジャーナリズムは弱肉強食のパワー・ポリティックスを超えられないことになる。テレビは国家ナショナリズムを超えられるかという問題は、21世紀にもち越された依然として大きな課題である。 |